地球と人間の歴史概観について

地球と人間の歴史概観について

はじめに 自然と人間

 今世紀の人類が直面しつつある五大問題として、エネルギー問題、水問題、食料問題、人口問題、地球環境問題があると言われています。それらは、それぞれに独立しているのではなく互いに関連しています。私は、自然(とくに海)がこれらの鍵であると考えています。

 本稿では、まず私たちが住んでいる足元の地球と私たち自身の人間の歴史を概観します。人間は特別の存在ではなく、自然の一部としての生き物の一種 まず、上の写真を見てみて下さい。富山湾越しに見える剱岳からの日の出です。剱岳は、北アルプス北部の立山連峰にある標高2999mの山でその頂上は、富山湾の海岸線から約30㎞のところにあります。このように海越しに3000mクラスの山を望める場所は大変珍しいと言われています。2014年10月、背後に北アルプスの景観を持つ富山湾が「世界で最も美しい湾クラブ」に 加盟することが決まりました。実際に神々しく美しいのです。この類の写真を撮っているとき、早朝の浜辺を散歩する人々がいます。ふと見ると、この光景に向って手をあわせる祖父と孫がいました。「元旦の日の出を拝む日本人は多く見るが・・」と思いながら、何気なく私も真似をして海、剱岳、日の出に手をあわせてみたら気持ちがすっきりしました。この根底に流れる心情は神道なのでしょうか、自然体験を教育に取り入れている某有名教育者の講演を聞いた際にも、山や海、森、太陽等すべてに魂が宿っており、人間は特別の存在ではなく、自然の一部であると聞きました。私もなんとなく納得した覚えがあります。

地球の歴史概観

 約137億年前に宇宙が誕生し、広大な宇宙には、無数(700垓個)の星があります。その中に、天の川銀河(約1000億個の恒星)があります。1垓(がい)とは、漢字文化圏における数の単位の一つで10の20乗を示し、1京(けい)の1万倍です。その中に太陽系があり、太陽という恒星の周りを公転する8つの惑星の一つが地球です。ここに私たちは住んでいます。ときおりは満天の夜空に輝く無数の星を眺め、自分の存在の小ささを感じて下さい。私は月から眺めた地球の写真を見て、「人類や他の生き物は、同じ宇宙船地球号に乗り合わせた仲間だ」ということと、「地球にも保護が必要で華奢な存在だなぁー」ということを感じました。現実には地球自体はそんなに弱いものではなく頑丈ですが、生き物が住む地球表面が弱いのです。また、生き物が住む地球に関連して、ヨーロッパ南天天文台(European SouthernObservatory20 ESO)は、2012年3月、生命の存在する可能性がある地球に似た惑星が、天の川銀河には数百億個存在し、そのうち、地球から30光年以内にある惑星は約100個との推定を発表しています。

 地球の歴史を概観してみましょう。1億年を1年と仮定すると、地球は現在46歳、主な出来事は次のようになると言われています。地球誕生が0歳(現在46歳)月誕生が3歳火星サイズの天体(地球の約1/10)が地球に衝突して月が誕生、地軸の傾き(自転軸の公転面となす角23.4度)が生じ、地球に四季が出現した。

 海の形成が6歳 数億年かけて地球の表面温度が少しずつ下がっていき、大気中の水蒸気がまとまって雨粒となり、数百年間大量の雨が地上に降り注ぎ5億年もかけて海ができた。

 海で生命が誕生したのが7歳プランクトンやサンゴなど炭酸ガスを吸収する生物が誕生した。地球上に大陸が形成されたのが27歳植物が繁茂し、大気中のCO2量は減少し、現在の大気となった。物が海で生まれたのが33歳動物が海から陸へ上がったのは42.4歳。ホモ・サピエンス誕生は46歳の18時間前、キリスト誕生は、46歳の10分30秒前20歳の大学生は46歳の6.3秒前に誕生した。

 つまり、つい最近出てきた人間が急速に増え(後述)、地球が何億年もかけて作り上げた資源を後のことも考えず数分で使い切り、環境を破壊しつつあるということが納得できます。右の写真に見るように、地球表面は海が約71%を占めており、太陽系の惑星の中で、これほどたくさんの水を湛えているのは、地球だけ(氷の形で火星にも多く存在)で、地球は「水の惑星」とも呼ばれています。1961年にソ連のユーリ・ガガーリンは、初めて宇宙(地上322km)から地球を見ました。そして、「地球は青かった」と言いました。彼は海を見たのです。海の深さは、地球直径を1mと仮定したときの換算値で言いますと、平均約0.2mmで表面に極めて薄い水の膜が貼っている状態と等しいのです。そして、海水の全量は0.66リットルです。海は私たちが考えている以上に繊細なものなのです。また、この写真を見れば、地球は真球に近い球体ということがはっきり分かります。今から約500年前の1543年にコペルニクスは当時、主流だった地球中心説(天動説)を覆す太陽中心説(地動説)を唱えました。このとき日本は戦国時代でした。また、1492年イタリアのコロンブスは新大陸を発見し、1522年ポルトガルのマゼランが世界一周をし、地球が丸いことを実証しました。

地球の深部構造については、地球直径を1mと仮定すると、地表から地球中心までは、50cm(96371km)です。

 

地殻が約4.7cm上部マントル(岩石)が約4.7cm
下部マントル(岩石)が約17.5cm
マントル全体で約22.2cm
外核(主に鉄、液体)が約27.4cm
内核(主に鉄、固体)が約9.6cm

 なぜ、このようなことが分かるかということについては、例えば、すいかをコンコンとたたいて実がつまっているかを調べたり、聴診器を当てて体の様子を調べるように、地震波の伝わり方から地球内部を調べることができると言われています。

 上部マントルに近い部分の地殻は、硬い板状の岩盤(プレート)十数枚で覆われています。それらのプレートは、マントルの上に乗ってごく僅か(例えば太平洋プレートは1年間に9cmほど)動いています。これはマントル対流(中心部に近いマントルが上昇する運動と地球表面で冷えたマントルを含むプレートが下降する運動)が続いているからです。このゆっくりとした速度の違いから、プレートどうしがぶつかり、その付近で強い力が働き、地震が発生します。地球は元来、地震が起きる星なのです。日本は、「ユーラシアプレート」「北アメリカプレート」「太平洋プレート」「フィリピン海プレート」の4枚のプレートがひしめき合っている場所にあるため、世界有数の地震国で、世界の地震の約1割が日本で起きています。これ以上の説明は省略しますが、地震は人間にとっては不幸なことですが、地球の存続のためには必要なことの一つなのです。

人間の歴史概観

 私たち人間の歴史を概観しましょう。人間(ヒト)の歴史 20万年を24時間(1日)に換算してみると分かりやすいでしょう。 

 約20万年前、現在のヒトがアフリカに出現、0時。 約10万年前、アフリカ人口2万人 。午前12時。約5万年前、ヒトの一部がアフリカから中東に移動しはじめ、欧州・アジアに移住し白人と黄色人種のルーツとなった。当時は狩猟で使う投擲具の使用が特徴的だった。午後6時。約1万年前、農耕、土器、戦争、宗教始まり午前6時。 約5000年前初期の文明(エジプト、メソポタミア)午後11時20分。人間社会に農業が定着し、技術改良や工夫がなされ食糧生産が安定し人々の暮らしも豊かになり、物の所有と富の蓄積が始まった。

 私たちヒト(人、人間、ホモ・サピエンス)は、投擲具(とうてきぐ、長槍を精度良く命中させる簡単な道具、今でも使われている)を考案し、大きな動物も遠くから狙って命中させることで獲物の種類を増やしていきました。この道具こそ人類初の大発明でした。また、人間は、四足歩行の動物よりも出産が困難で、他の人間の手助けが必要だったことから集団で助け合いながら生活するようになったとも言われています。このようにして、氷期を耐え、ものづくりをし、助け合いながら集団で生き永らえてきたのです。つい200年程前までは、農業だけでなく、他の分野の生産はすべて風力や水力で、原料もすべて自然界から調達され、廃棄物は再び自然界へ還元されていたため、地球環境へ与える影響も小さいものでした。しかし、200年前以降の産業革命以降、石油や石炭燃料が大量に使われるようになり、地球上でのエネルギー消費量は急カーブで上昇し、物の生産量も急激に増加しました。さらに、第2次世界大戦以降、世界は大量生産・大量消費、そして大量廃棄社会に突入しました。生産力向上に伴って世界人口もこの100年間で4倍に増加し、一人当たりの食料や物、エネルギー消費量も増加しました。廃棄物も急増、美しい地球全体がごみ捨て場になってしまいました。

世界人口の推移

 2015年の世界の総人口は約72億5000万人となり、直近5年における人口の増加率は1.1%のプラスとなっています。中国、インドで約4割を占め、日本は世界第10位です。図1ー2を見て分かるように、約2 0 0 年前からで6倍、40年前からで2倍に急増しています。今、少し増加率は減りはじめています。大気中のCO2の推移もほぼこのような急増ぶりです。

まとめ


 頭が良い(知能指数が他の生物に比べて高い)のだが、賢くはなかった人類は、エネルギー問題、水問題、食料問題、人口問題、地球環境問題等という人類存続の危機を自ら作ってしまいました。この危機を回避するには、海が大きなカギとなっています。私たち人間の幸福感、価値観等を少し変える必要があるとも思います。

執筆 坪郷 浩美